くじら

『くじら』という作品は私たちを取り巻く空気を描いている。 登場人物達は、とある場所で「くじら」を解体しなければならない。やらねばならないことを 目の前にして、それぞれの価値観が浮かび上がってくる。早く終わらせようと淡々と作業する もの、汚いと作業を嫌がるもの、それを説得するもの。 それぞれは自己を守るために強い境界を形成し、互いの干渉ではそれを破ることはできない。 だがある出来事によって価値観が翻り、「くじら」とともに状況は一変していく。その瞬間、観 客はそれまで劇世界を満たしていた居心地の悪い空気の正体にじわじわと迫られていく。

「くじら」や価値観に守られた人間達と相対していた、目に見えないけれど人間に影響し続け るものが輪郭を表して、その存在感は人間を上回る。それが客席に行き着いた時、観客に今 の現代社会を取り巻く不穏な空気の原因が他人事ではないことを突きつける。

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